月別アーカイブ: 2020年6月

ウィズ原宿を通った

ようやく外の取材も再開し始めて、1発目は原宿に行きました。
ついでにちょっと観光。
ウィズ原宿を見てきました。

原宿駅って丘の上で、代々木、表参道、渋谷と3方面が下り坂なんですよね。
下った先の渋谷が谷をまたぐように上層階に歩行者通路を通す再開発をしているのに対して、原宿は下る道を整備する感覚に思えました。
以前の原宿駅もホームから一旦2階に上がり、長いスロープで下りてくる形でしたが、新しい原宿駅はスロープの代わりに改札自体が2階に移動。
より駅から下りて地上に着く感覚が強まっています。
その目の前がウィズ原宿で、竹下通りへの抜け道が整備されているのが印象的でした。
原宿ながらユニクロとIKEAという観光より生活を重視したチェーンが入っているのも面白いですが、お店の構造が特殊です。
1階は右がIKEAで左がユニクロ。
2階は左右どちらもIKEA
地下は左右どちらもユニクロ。
玄関は2店舗で分け合いながら、もう1フロアは地下と2階を棲み分けることで、同じ床面積でも広いフロアを確保しています。
特にIKEAは広さがほしい店舗ですが、偶然にも物理的距離の確保が求められる中でのオープンに適したスタイルとなりました。

ウィズ原宿は地下に下りると竹下通り側の入り口にあたるため、当然ユニクロの方が2正面となり有利ですし、そもそもユニクロは離れのコーナーも用意されており、ウィズ原宿全体の中核店舗となっています。
竹下通り側の専門店街のようなユニクロの並びも面白いですが、どうせなら通り道としての店作りをユニクロで見せてほしかったです。

混雑対策のため各テナントが順番にオープンしていく形式を取っており、まだ他店舗が開いていないので全体の面白さは未知数ですが、高低差を利用した店作りの一つのスタイルが楽しみです。

ハックの冒けん

「ハックルベリー・フィンの冒けん」を読みました。
2017年に出版された柴田元幸さんによる邦訳版で、「冒けん」というタイトルが象徴しているように、ハックの知性レベルで書けそうな漢字を使い、ハックの語りで書かれた本である特徴を日本語で引き出した邦訳になっています。
という話をアトロクの特集で聞いて、そういえばディズニー関連の原作を読んでいた小学生とかの頃「トム・ソーヤの冒険」は読んだけれどハックの方は結局読まずじまいだったなと思い出しました。

柴田さんは、マーク・トウェインはハックに憧れたトム・ソーヤだったと評しています。
ハックは、いかだを最高の家だと言い、いつまでも自由で移動し続けることに憧れるアメリカ人の意識を反映しています。
一方のトムは将来「ロータリークラブの会長になって昔はやんちゃしてたとか語ってそう」な人物です。
ハックへの憧れはマーク・トウェインやトムだけでなく、トムソーヤ島を作ったウォルトも持っていたのではないかと思います。
そんなハックの旅のハイライトが、奴隷のジムをそのまま逃していいのかという葛藤です。
奴隷制が当然だった時代と場所に生まれたハックが、当時の倫理的な正しさと自分の気持ちの中で揺れ動く様を、奴隷制廃止後に描いています。
偶然にも今のタイミングでハックを読んでいると、どうしても現在進行形のアメリカの姿と重なってしまいます。

ハックの決断でハイライトを迎えたと思うと、トムが登場し茶番のような展開を迎えます。
「この作品以前にアメリカ文学とアメリカの作家はいなかった。この作品以降にこれに匹敵する作品は存在しない」と評したヘミングウェイが読む必要ないと言う章です。
トムが前例踏襲を重視し形式に固執する姿はいささか日本っぽさもありますが、「この作品以前にアメリカ文学はない」のですから、トムが参照する前例はヨーロッパ文学です。
トムソーヤ島を作り、アメリカ文化を保存しようとしたウォルトが、その隣にファンタジーランドを置いた感覚に近いものを感じます。
トムソーヤの冒険を具現化し、いつまでも少年のトムっぽかったウォルトが作ったディズニーランドは、やはりアメリカ人の夢なのではなく当時の白人層の夢の具現化なんだろうと思います。

expoから2年

colos EXPO 2018から丸2年が経ちました。
あれほど大きく開けたファンイベントは初めてだった一方、仕組みとしての限界もあり、どうすれば次の会ができるのかずっと考えてきました。
この2年、Hagexさんの事件やATNDの終了など、ファンイベントを取り巻く環境は決して良くなったとは言えません。
そして本来なら3回目のcolos EXPOが開催されてもおかしくないのが2020年。
元々開催の予定はありませんでしたが、もう仕組みなんて関係ないくらい大きな情勢で開催は不可能な状態です。
EXPOは動いていなくても、他の動きはあって、そこそこ関わっているものから参加者程度のものまで、開催発表直前までいっていたものから構想段階のものまで、色々ありました。
それも全て流れてしまった。
いつ復活できるのかは全然見通せません。
これまで、組織体の薄い形で開催することで有志が誰でも主催になれるような姿をとってきました。
しかし、開催する際に様々な対策が必要となった現状、その緩さが壁になるようにも感じます。
LT大会とかはweb会議システム使ってできなくはないけれど、それは面白いのか、内輪にならずにできるのか難しいところです。
どうすればできますかねーって酒飲みながらわいわい話し合うくらいは早くやれるようになりたいな。

ブルーインパルスと花火と宇宙船

ブルーインパルスが東京の空を飛び、日本の各地で花火が上がり、みんなで同じ空を見上げて繋がろうという動きが続けて起きています。
そんな中でもっと高い空、宇宙ではスペースXの宇宙船が国際宇宙ステーションに到着したとのこと。

空って不思議な存在だなと思います。
海や山は身一つでも行けないことはないけれど、人間が空に行くには文明的な技術が必要です。
届かない場所への憧れっていつの時代もあるんですよね。
「ソアリン:ファンタスティック・フライト」なんかまさに空への憧れの歴史を見る博物館です。
今から100年ほど前、リンドバーグが大西洋を横断して、その憧れを抱いていたのが最初に作られたミッキーでした。
さらにその50年ほど前、1963年に世界ではじめての地下鉄がロンドンで開業します。
その前年、ルイス・キャロルは即興で「地下の国のアリス」というお話を作ります。
編集され「不思議の国のアリス」になりますが、不思議の国に行くために穴を落ちるのは元々「地下の国」だったから。
「地下の国のアリス」がアリスに贈られるため製本された1864年、フランスではジュール・ヴェルヌが「地底旅行」(センター・オブ・ジ・アース)を出版します。
どちらも、ロンドン地下鉄が開業するという時代の中で、新たに人間が到達しようとする「地下」という未知の空間にロマンを感じたものでした。

一般人も宇宙まで簡単に行けるようになるかもしれないという時代が近付き、これから宇宙へのロマンがさらに大きくなっていくのかもしれません。
そして本当に誰でも気軽に宇宙旅行ができる時代がきたら、宇宙へのロマンは薄れ、空へのロマンも薄れるのでしょう。
もしかしたら何百年も続いてきた花火を鑑賞する感情も、あと何十年で変わってしまうのかもしれません。