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「 くまのプーさん 」 一覧

プーさんのハニーハントから見るディズニープー「3つの世界」

ディズニープーには、3つの世界が存在します。
一つ目が、クリストファー・ロビンの住む家。
二つ目が、プーの本。
三つ目が、100エーカーの森。
これら3つの世界で成立しているのがプーという作品です。
実はこの3つの世界の区別は「プーさんとハニーハント」のアトラクションで分かりやすく分類されています。
3つの世界を意識しながらこのアトラクションをみていくことで、プーの世界が分かるようになり、さらにこのアトラクションにおけるキャストの役割なども見えてきます。

紛れも無く世界一のプーライドである東京のこのアトラクション、エリア全体がプーの世界に溢れています。
ゲストは「プーさんのハニーハント」というタイトルの本の中に入り、ライドに乗って100エーカーの森を旅します。
プーさんのハニーハントに並ぶと、はじめは大きな本の外、庭を歩くことになります。
ここが、クリストファー・ロビンの家の庭です。

さらに納屋へと入り、いよいよ本の中へと足を踏み入れます。
部屋いっぱいに広がる大きなページ。ここが本の世界です。
ページをみている視点から分かる通り、ゲストがいるのはページの中ではなく、ページの外の世界です。
映画では、部屋に置いてある本が大きく映っているシーンがこれにあたります。ほとんどの場合ナレーターさんが話しています。
映画ではその後もたびたび本の外に出て、ページをめくったりするといった動作が行われます。
原作では、冒頭などで父がクリストファー・ロビンにお話を聞かせようと二人であれこれ話している部分にあたります。物語の途中でも二人の突っ込みが挿入されています。
プーさんのハニーハントでは物語中に外に出ることはありませんが、ライド前のこのエリアが、本の世界にあたります。

そして、ライドに乗り込み、いよいよ100エーカーの森へと入っていきます。
はじめ、本の挿絵が動き出し、扉が開いて本の中へと入っていきます。
ここからが、100エーカーの森の世界です。
本の挿絵の中に100エーカーの森があります。
挿絵へと飛び込むのを手助けしてくれるのはナレーターさんです。
プーにおいて、ナレーターさんは私たちを100エーカーの森に連れて行ってくれる唯一の存在です。
原作では、どうでしょうか。
クマのプーさんという物語は、クリストファー・ロビンの父が息子に話す物語です。
父すなわちミルンが物語へといざなってくれます。
つまり、ナレーターさんとはA.A.ミルンなのです。
ナレーターさんによってゲストは100エーカーの森へと入り、ライドの最後で本が閉じられ、ゲストはもとのクリストファー・ロビンの住む家の世界へと戻ります。

このように、プーには3つの世界があり、特に100エーカーの森への出入りはナレーターさんの力が必要となっています。
しかし、このアトラクションの特徴として、映画や原作に比べてクリストファー・ロビンの家の世界が多いことが言えます。
プーさんのハニーハントでは、100エーカーの森へとたどり着くまでがスタンバイ時間となり、大人気アトラクションであるために、100エーカーの森の外の世界で大変な時間を過ごすことになります。
ここでアトラクションのキャストが登場します。

このアトラクションのキャストは「プースカウト」のメンバーで、ゲストがプーの世界の冒険に出かける手助けをしてくれる人たちです。
ゲストを100エーカーの森へと連れて行くのはナレーターさんの役割。
しかしそこにたどり着くまでの手助けをするのがキャストということになります。
簡単に言うと、ナレーター助手です。
プーにおける3つ世界、100エーカーの森でプーの冒険を楽しむために欠かせない存在、作者の分身ナレーターさん。
プーを愛し、彼の冒険を楽しみ、知ること。
私たちやプースカウトのメンバーは、こうすることでプーの世界、ナレーターさんの域へと近づくことができるのです。

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くまのプーさん ハッピーハニーパーティー

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8/2~4にららぽーと豊洲で開催されている「くまのプーさん ハッピーハニーパーティー」に行っていました。
このイベントは、昨年の「ハニーガーデンパーティー」と同様、はちみつの日に合わせて行われているイベント。
参考:くまのプーさん ハニーガーデンパーティー | 舞浜横丁

会場は6ブース。1枚目が「ウェルカム フォトスポット」。

「ハッピールーム」はプーのグッズが集まった部屋。
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「ハッピーネイルサロン」ではプーネイルの体験コーナー。
「プーさんグッズマーケット」は物販ゾーン。

「ハチミツゾーン」は物販の裏。
はちみつ食べ比べの他、はちみつの滝が流れるうろが登場。
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また、プーの絵本が大きく展示してあるところでは雪が降っていました。
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最後は室内での「プーさんミュージアム」。
アーティストのプー作品展示の他、ちいさなぼうけんの放送、ディズニー宣伝エリアとなっていました。

全体としては、昨年よりは規模が小さくなっていましたが、昨年から増えた新たなプー要素に出会えるイベントとなっていました。

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「くまのプーさん ハッピーハニーパーティー」8/2~4開催

くまのプーさん堪能イベント、“はちみつの日”に合わせ3日間開催。 | Narinari.com
東京都・ららぽーと豊洲で、プーさんの世界観を楽しめる「ハニーパーティ」 | 旅行 | マイナビニュース

「はちみつの日」を含む8/2~4の3日間、アーバンドック ららぽーと豊洲にて「くまのプーさん ハッピーハニーパーティー」が開催されます。
シーサイドデッキと1Fセンターエントランスにて10時~18時開催、入場無料。

昨年日比谷公園で開催された「ハニーガーデンパーティー」と同じような内容となっています。
昨年の様子→くまのプーさん ハニーガーデンパーティー | 舞浜横丁
今年のテーマは「はちみつと幸せ」。

音楽隊による生演奏
くまのプーさん展示コーナー
はちみつ試食&物販コーナー
オリジナルネイル体験コーナー
フォトスポット
以上の5つの企画が公開されています。
ネイル以外は昨年と同じ。

また、対象店舗で”くまのプーさんのしあわせワード”を集めると菜の花の種がついたしおりをプレゼントする「ハッピーキーワードラリー」も開催。
こちらは昨年のスタンプラリーですね。
プー商品を含むディズニー関連商品を2000円以上購入するとオリジナルバンダナもプレゼント。
これらのキャンペーンはららぽーとTOKYO-BAYでも開催。

毎年恒例のイベントになっていけば嬉しいですね。

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A.A.ミルン伝記映画製作へ

[browser-shot width=”400″ url=”http://www.telegraph.co.uk/culture/film/cannes-film-festival/10068328/AA-Milne-film-will-tell-story-behind-Winnie-The-Pooh.html”]
AA Milne film will tell story behind Winnie The Pooh – Telegraph
Cannes: Winnie The Pooh Creator Biopic Hits Market – The Hollywood Reporter

2014年夏に、プーの原作者A.A.ミルンの伝記映画「Goodbye Christopher Robin」が公開されることになりました。
タイトルの通り、ミルン親子アランとクリストファーの話が中心になるようです。
具体的には1918年~1930年代。
アランが最初の劇を書いた頃から、クリストファー10代までの時代になります。
第一次世界大戦と共にアランの子供向け作家としての人生がスタートし、クリストファーの生誕(1920)、「プーもの」4作のヒット(~1928)、アランとクリストファーの仲の良い親子関係、そして終盤でタイトルの通り親子の仲が崩れてき、特に「クリストファー・ロビン」という存在が親子の間から消されていく、このような物語になりそうです。

ここで、この映画の参考となりそうな資料を挙げてみたいと思います。

A.A.ミルンの伝記映画ということで、資料となるのはやはりミルンの伝記です。
これについては日本語では、ミルン自伝「今からでは遅すぎる」と「クマのプーさんスクラップブック」があります。
しかし自伝はミルンが晩年に自分の人生を振り返ったもの。プーを文字通り黒歴史として捉えている伝記です。そしてこの時代に関する記述が最も少ないのも事実。

これを補ってくれるのがアン・スウェイトによる「クマのプーさんスクラップブック」。そしてこの本が出版されたきっかけとなったのが、ミルンに関する最も詳しい伝記「A.A. Milne: His Life」。
こちらは残念ながら邦訳されていません。その上、細かい字で400ページ以上に渡って書かれた詳細にもほどがある伝記です。

つまりどちらも非常に取っ付き難い本となっています。
そこでおすすめしたいのは、クリストファー・ミルン著「クマのプーさんと魔法の森」。
クリストファーが自分の子供時代に向き合い、書いた本です。
1920年代後半~30年代にかけての親子関係について知ることができます。

実は100エーカーの森以上に複雑で考えさせられるミルン親子の人生。
映画を楽しみにしながら彼らの人生について考えてみるのも、プーについての理解をより深めることに繋がると思います。

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A.A.ミルンがWW1でプロパガンディストとして働いていた

Agony of AA Milne, the reluctant wartime propagandist, and the ‘lies’ about German atrocities – Telegraph

驚きのニュースが入ってきました。
プー原作者であるA.A.ミルンが、第一次世界大戦中MI7bでプロパガンダを書いていたことが明らかになりました。
これまでミルンはWW1中は通信兵として働き、その後部隊が代わりフランスへ赴くも4ヶ月で負傷のためイギリスへ帰国した、とされていました。
彼は誰一人殺すことなく戦争から帰ってきたのでした。
WW1前の時点でミルンは既に雑誌パンチの副編集長を務めており、散文家として知られていました。
その実績が買われてこのような役目を与えられたのでしょう。

ミルンの人生においてWW1は重要な分岐点となっており、それは彼にとっては最も悪い歴史の一つであります。
彼は自伝の中で戦争の4年間を無視したいと語っており、「1919年ふたたび一般人に戻った」とだけ強調しておきたいと記しています。
ミルンは元々平和主義者でしたが、当時の人々の多くが考えていたように、すべての戦争を終結させるために戦うのだと考え、陸軍に志願しました。
そしてこの戦争の結果、ミルンはパンチを離れることとなり、病気によって字を書くことすら困難な状態にまで陥りました。
ここで戦地へ赴く兵士を励ますためにミルンは劇を書くことになり、妻が口述代筆を行ったのです。
ミルンにとってWW1は一時的にまともな社会生活が送れなくなるような病をもたらしただけではなく、自身の執筆活動まで変えてしまうような事件となったのでした。
重要なのは、ここで書かれた劇がミルンにとってはじめての劇作品執筆であり、同時に最初の子供向け作品とも言われていることです。
そして、ミルンが晩年、自らが子供向け作家として扱われることを非常に嫌がったことも合わせると、彼にとってこの戦争がどれほど運命を変えてしまったのかが分かります。

A.A.ミルンと第一次世界大戦、今回あきらかになった事実により、両者の関係はより興味深いものとなりそうです。

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