「 駄話 」 一覧
- 駄話 - by poohya
resort25.jpが個人サイトに
TDS10th特設サイトの予告編が公開されました。
まだtokyodisneyresort.co.jp内のページで、今後ドメイン独立するものと思われます。
そして、前回のアニバーサリーであるTDR25thが終わってから早いもので2年になります。
その25周年の公式特設サイトが公開されたのは08年2月20日。
イベント終了後はレポートが載る形で最近までサイトが残っていました。
今日ふとそのページを見てみると、どうも様子が違う。いつの間にか個人サイトになっていました。
ttp://resort25.jp
各イベントをまとめながら、メインはアフィリエイトという印象。
管理人に関することも、リンクもないのでそこらへん不明。
ドメイン登録は2011/02/01のようで、少なくとも昨年の暮れころまではTDRが所持していた記憶がありますから、OLCがドメイン捨ててすぐに取得されたようです。
この発想はなかった。
新しい、すごい。10th特設サイトが商標関係ないドメインだったら狙いたいです。冗談。
- 駄話 - by poohya
学生向け春キャンのススメ
なんか話題があったので書いてみる。
あくまでも、学生が閑散期にインする場合の話です。
他では通用しないものもあります。
また、これを読んでいるあなたは仕切り役とします。
1.何より服装を考える
何のアトラクションに乗るかなんて考えるよりも先に服装を考えてください。
山登れる靴、北海道に行ける防寒具、キャッチボールできる両手のフリーさ。
例え雨が降ってもレインコートは避ける。アトラクションのたびに脱がされるので、面倒は避けましょう。
2.ゲートに着くのは開園1時間10分以上前
基本的にチケットブースが開くのは開園1時間前。そのあたりから急に人が増えてきますので、その前には着きたいところ。
特にシーの場合は舞浜から歩く時間を考えるのを忘れずに(リゾートラインなんかには乗らない)。
パスポートは実券の事前購入が理想ですが、どうせけっこうな人数なんだからゲート列に何人か残して他がチケットブースに行けばいい。モラル的にどうかとは思うけど。
ただしキャンパスデーパスポートは学生証の提示が必須なのでチケットブースに並んだ人数分しか買えない。あなたくらいは実券事前購入しておきましょう。
3.人気アトラクションが学生に人気とは限らない
新アトラクションだからといって、話題だからといって安易にモンスターズ・インクやフィルハーマジックに手を出さないように。絶叫とはかけ離れたものです。
薦めないわけではありません、メンバーの好みをよく確認してください。
同系列のものにプーさんのハニーハントがあります。
シーでは海底二万マイルに要注意。
しかしピーター・パンやスター・ツアーズは何故か定評ああるのでいい感じの時間だったら乗るのが吉。
4.計画を立てるのは開園1時間半までで十分、最悪閉園前1時間に賭ける
閑散期は空いているもの。ガラガラの日に計画立てたって上手く行き過ぎて逆に回りません。
同行者がどうしても乗りたいものだけFP抑えておけばあとは適当に周れば問題なし。
ケータイ公式やインフォメーションボードを利用して、それっぽく空いてるのに乗ればいいのです。
もし列長いのに昼の時点でまだ乗れてないものがあったら、閉園1時間前に回してそこに賭ける。
ただしシステム調整の場合は悲惨なことになることだけ注意。
5.ファストパス発券しないとかリハブとかに注意
閑散期はファストパス対応アトラクションが当然のようにファストパスを発券しないことが多々あります。
これは当日にならないと分からないので現地で確認。
アトラクションの休止情報は事前に確認を。
閑散期の人気アトラクション閉鎖は、ビッグサンダー、スプラッシュ、インディなどがある場合が多いですから、行く日付できちんと確認することは必須。
6.暖かさを求めない
レストランで暖をとるとか論外。学生なら歩くことで体を温める。
寒いなら動け、動いた先のアトラクションで休め。
7.買い物は昼、団体行動はしない
閑散期なんだから夜だってたいしてショップは混みません。
では何故夜を避けるのかと言えば、4番のラスト1時間を生かすため。
最後の時間を出口に近いショップに費やすのは勿体無さ過ぎます。
そして、複数人でグッズを選ぶとだいたい余計な時間がかかる。
ワールドバザールで一旦解散し、買い物終わった人から皆に終わったよメール。
皆にすることが大事、まだ終わってない人をせかせます。
8.隠れミッキーとパークの裏側話を抑えてればOK
バックグラウンドストーリーも面白いけれど、長いので話してる間に列終わってしまう、閑散期だから。
そんなこと覚えるより、隠れミッキーの位置をいくつか覚えておけば話のネタは何の問題もありません。
裏側話は、ディズニーの魔法を解いてる感が中二脳にヒット。
中の人トークはあたりの他人にあまり聞こえないように。ディズニー側がいかに中の人を隠そうとしているかの話のほうが受けがいいです。
「クラブ33って知ってる?」に食いつきが良かったならクラブ33入り口を見せると良い。
人によっては大ヒットとなります。
スポンサーラウンジも面白いけど、説明がけっこう面倒。
あとはリバ鉄途中で見えるカーブミラーとか、アトラク車庫とか、蒸気船の法律上の話とかそこらへんを。
9.エレクトリカルパレードくらい見る
理由なんて特にない、ただディズニーランドといえばこれっぽいじゃん!
シーでは来年からファンタズミック!が該当。
ちなみに閑散期は花火がない日が多いのでパレードが一番それっぽいのです。
変な時間にやったりするので、そこだけ要確認。
別にギリギリに行って立ち見でも構わないのでとりあえず見ておけばディズニーランドに来た感が増します。
ただし、10分じっとしてるだけで死んでしまうような人がいる場合は検討を。
10.走らない
パークは体力勝負の持久戦。
朝からダッシュしているようではラストまで持ちません。
そもそも朝はFP取得→スタンバイで始めるのが基本。
FP取得なんて複数人で行くメリットないですから、一人にやらせればいいのです。
一人がFPを取ってスタンバイのアトラクションに向かっている間に、残りはのんびりスタンバイのアトラクションまで歩けばいいのです。
無駄に体力を使わない。
周りとの一時的なかけっこではありません、およそ半日にわたる超持久戦です。
だいたいこんな感じ。
言い忘れましたが、学生は学生でもカップルとかは全く想定していません。
Piari Jam “Happy Dixie Six”編を起こした
イクスピアリで館内放送され、podcastでも配信されているピアリジャム、昨年の12/20編がHappy Dixie Sixだったので、文字起こしてみました。
田:田中亜矢子(DJ)
善:外山喜雄
恵:外山恵子
田中亜矢子のPiari Jam Podcasting
田「田中亜矢子がお送りするPiari Jam Podcasting、ゲストをお迎えしました。
イクスピアリの街の中で何度もライブをしてくださっています、ジャズバンドのHappy Dixie Sixから、外山喜雄さんと恵子さんご夫妻をお迎えいたしました。
こんにちは、よろしくお願いいたします。」
善・恵「こんにちは~」
田「まずは、簡単に自己紹介を。ご担当の楽器とお名前からお願いできますか。」
善「えぇ、Happy Dixie Six、イクスピアリではね、Happy Dixie Six。外では外山喜雄とデキシー・セインツというんですけど、それのリーダーでトランペットとボーカルをやっています、外山喜雄です。」
田「はい、ありがとうございます。」
善「そして」
恵「はい、私は、バンジョーとピアノと、をやっております。それで炊事洗濯もやっております(笑)外山恵子です。」
田「はい、どうもありがとうございます。もうご夫妻という感じで、息もぴったりですけれども、あの今のお話にもちょっとありましたけどHappy Dixie Sixというのは、このイクスピアリ用のバンドのお名前・・・」
善「そうです。」
田「ということなんですね。とってもなんか・・・」
善「付けていただいて」
田「あ、そうなんですか。」
善「とってもでもね、いい名前だな、と思って。」
田「ねぇ、こうみなさんのグループの雰囲気から名前が付いたということで、ハッピーなね明るいバンドという風にうかがっています。
あの今もね、お話いただきましたけれども、先程はちょうど公演は2階のエントリープラザ・・・」
善「そう、1回目、エントリープラザでね。」
田「はい、イクスピアリの入り口のちょうど噴水の前辺りでしていただいていました。」
善「もう子供さんもいっぱい集まって楽しかったですよ。」
田「すごく近いですよね、距離が。お客さんとの距離が。
でもなんか、あの、外山さんはそういう、こういう外でずっとなさることは慣れていらして。」
善「うん、もうね、東京ディズニーランドで23年やってましたから。」
田「ねえ、もう、お子さん達が出てこようが全然動じない」
善「そう、やっぱり楽しくてね。それが楽しみで。」
田「一緒になんかお子さんも混ぜて、ちょっと演奏を楽しんでいただいたりとか、そういうライブスタイルをとっていらっしゃって。」
善「そうですね、うん。
けっこう本格的なジャズやってるんですけど、小さい子供からお年寄りまでみんな楽しんでいただける。
で、生の演奏でしょ、ねぇだからとっても楽しいし、僕らも楽しんでいただけるから嬉しいですよね。」
田「ねぇ。ジャズにあまり馴染みがなかった方でも、あっ難しいのかな、と思ってしまいがちですけれども、そういう聞いたことのない音楽のジャンルは。
でもなんか楽しくみんなで盛り上がれるんだ、というところがね、お子さんも喜んでいらっしゃるんじゃないかなと思いますけれども。
もうイクスピアリでは、去年(2009年)の12月から、かなりな数でご出演していただいてるんですけどね。」
善「そうですね。去年の12月から毎回ね」
恵「もう毎週、やらせていただいて、クリスマスの時も。」
善「で、それから、寒い時期ちょっとお休みして、あと月3回くらいのペースで。
今年(2010年)の11月はちょっと多いんですけれど、そんな感じでやってますね。」
田「いつもお外でやられる時ってイクスピアリはやっぱりちょっと雰囲気違いますか?」
善「うん、やっぱり違う。」
田「どんな雰囲気でしょう?」
善「やっぱりね、やっぱりディズニーの、ディズニーリゾートの雰囲気になってますね。
うん、だからディズニーランドで長くやってて、中で感じるお客様の、なんていうのあの、楽しくなっちゃってる、気分がね、高揚している、そういう感じがありますよね。
だから、例えば渋谷の路上とか、まぁあんまり僕ら渋谷はやったことないけれど、新宿とかね、たまにそういう仕事もあるけれども・・・」
田「屋外ライブの・・・」
善「ちょっと違いますよね。そっちよりもここの方が気分がみなさん、楽しい!っていう、リゾート!って、いやリゾートじゃないな。うん・・・」
恵「やっぱしね、夢の国の一部だっていう・・・」
善「そう、ディズニーの魔法にかかってる」
恵「そう魔法の・・・」
田「もう笑顔が溢れてる場所なんですよね。」
恵「笑顔が溢れてるんですよね。」
善「だからやりやすいっていうかね、僕らもやってて楽しい。」
田「選曲なども、やはりちょっと違うんでしょうか?他の屋外ライブとは。」
恵「やっぱり、若い家族連れ、小さい方から、それからお年寄りまで、もういろんな全部の人達いらっしゃるので。
でも、このジャズのリズムって、こう、曲が分からなくても、なんか直に伝わるみたいで、みなさん本当に自然に体を動かして、本当ににこにこして、笑顔で聞いてくださっていて、私達もその笑顔からまた、元気を貰って演奏してますけど、すごい楽しいです。」
田「あぁそうですか~。お二人のね、お顔がこうちょっとこう、もう本当に笑顔がこぼれるばかりなのがとてもよくわかります、そうですか。
あの、普段のお話をちょっとね、うかがいたいんですけれども、いつもはどういった場所でこういった屋外はもちろんおありでしょうけれども、どんな場所でされてますか?」
善「いつもはねあの、ジャズのライブとかコンサートそれからツアーとかね、海外のツアーもあるし。
そういうのもやってるんですけれどもあの、一番レ ギュラーでやっているのはこの近辺で近いのはね、新浦安のオリエンタルホテルの地下にねHUBっていう店があって、そこではね、毎週金曜日の夜、 Friday Jazzということでやっているんですよ(新浦安店|英国風パブ HUB )。8時からね10時ごろまでね、毎週。」
田「そちらはかなり大人のお客様?」
善「そちらはそうですね。ジャズライブみたいなね。」
田「ジャズをもうかなりご存知の方も・・・」
善「でも楽しさは結局同じような感じですよ。」
恵「同じような感じ。」
田「あっそうなんですか、ハッピーな感じで。」
善「ハッピーで。ただ名前Happy Dixie Sixじゃないけど。」
田「ハッピーな感じで。
メンバーはみなさんで6人?」
善「そうですね。」
田「Sixなだけに。
どんな方が他にはいらっしゃるんですか?」
善「もうジャズ界のベテラン揃い。で、ディズニーランドもこのメンバーでは一緒に10年くらいやってたんで、みんなこういう仕事好きで。」
田「そうですか。じゃあもう中では選曲なども、ほとんどみなさん意見は違わず、すぐに決まるような、息のあった感じで。」
善「そうですね。楽屋でもしょっちゅう練習して楽しんでね、やってますけどね。
年にいっぺんはニューオーリンズの子供達にね、ジャズの故郷でしょ、僕達若い頃にジャズの修行をしたんですよね。
そこに5年間お世話になったんで、恩返ししたいと思って、楽器をね子供達にあげてるの。
みんな楽器が無いんですよね、ジャズの故郷なのに。」
田「ジャズの故郷だと小さい頃から学校などで授業でありそうな気がしますが。」
善「と思うでしょ。全然ないの。もう楽器なんか壊れたような楽器しかないし。
あとは黒人の人たちの学校なんかはね、本当にほったらかしで、格差がす ごいんですよ。
だからそういう所で僕らはお世話になったから、もう15年やってるんですけど、760本くらいね、日本通運が助けてくれて、送ってくれるん で。」
田「トランペットですとか・・・」
善「トランペットとかねクラリネット、サックス、あとドラムを贈ったこともあるね。」
田「えぇ~すごい」
善「ドラムセットをね、だからそういうのをね、毎年一回持っていくんです、ニューオーリンズで。」
田「ご自身たちで運ばれるんですか?」
善「そうです、ジャズフェスティバルが、ルイ・アームストロングのね。
僕は日本のサッチモと言われてまして。向こうでね、ジャズフェスティバルに出るついでに楽器を持って行くんです。だからそのメンバーいつも一緒に行くんですね。」
田「私の方からご紹介させていただこうと思っていたんですけれども、実は外山さんは、もうルイ・アームストロング、ニックネーム サッチモですけれども、ものすごく演奏スタイルからお声からそっくりだということで、日本のサッチモとして。」
善「今は似てませんけどね、似せると似るんです。」
田「技ですね。」
善「Oh yes って。(サッチモ声で)」
田「おぉ本当だ!
とってもルイ・アームストロングって、私あんまり詳しくなくてあれなんですけれども、ちょっとお顔が強面なイメージで、外山さんはすごく優しいお顔なので、ちょっとサッチモというのが雰囲気がいまいちピンとこなかったんですけれども、豹変するわけですね。」
善「ちょっと、ちょっと、今後はサッチモで・・・(サッチモ声で)」
田「あ、いいです。外山さんがいいです。
ということでね、なのでこのサッチモ・サマーフェストというのが毎年あるそうなんですけれども、2003年からは7回連続で招待をされて、いつも出られていたということで。
そちらの方は恵子さんもずっと一緒に行かれていたんですか?」
恵「えぇ。私も、今から40年位前にニューオーリンズに一緒に主人と行きまして、それ以来ニューオーリンズには毎年行ってますけど、このフェスティバルも本当に特別な、サッチモフェスティバル。」
田「もうニューオーリンズの方にも、外山さんはそういう意味では、あっ日本のサッチモが来たみたいな感じなんですか?」
善「うん、最近そうですね。」
田「ファンの方というか、コアな方が多いでしょうから。外山さんもそういう意味ではね、お待ちかねの感じで毎年行かれると、ライブもお待ちかねの方が多いんじゃないですか?」
善「そうですね、僕達は5年間住んでた、今から40年前ですけどね、本当に写真もすごく撮ったんですよ。
そうしたらその写真が結構良く出来ていて、最近写真集が出たんですね、『聖地ニューオーリンズ聖者ルイ・アームストロング』(聖地ニューオリンズ聖者ルイ・アームストロング―私達の想い出ジャズとサッチモの故郷1968~1973)というね写真集なんですれども。
それの表紙にルイ・アームストロングの名前が使われているんですけれども、それをフェスティバルにプレゼントしたら、もうすごく気に入っちゃって、それがねそのデザインがそのまんま向こうのポスターになってるんですよ。
だからもう毎年3年間僕らの写真集の表紙が、表紙をちょっと字を変えて、そういう風になっているんです。」
田「じゃあもうミュージシャンであり、ちょっとカメラマンでもあるような捉えられ方をされているんですね。」
善「だから、外山っていうのもけっこう、まあ歓迎されて、楽器も持っていくしね。」
田「お子さん達もそんなね、700以上の楽器を贈られているということなので、かなりもうね、喜ばしいことですよね。」
善「で、今あれじゃないですか、小学校とか中学校の時とかに楽器をやってたけど、入試だとか勉強だとか忙しくなっちゃってね、吹かなくなっちゃったけど、なかなか楽器って捨てられないから・・・」
田「そうですね、高いですから。」
善「ねえ、それで吹かないんだけど、思い出もあるし。それがきっとタンスの上に寝てるんでしょ。」
田「はい、ありますね。」
善「タンス楽器と言うんですけど、そういう楽器をね、できたらジャズの故郷の子供達にあげませんか、っていうね。
それはね、向こうは銃の犯罪が多いでしょ、麻薬も多いし、子供達が殺されたり色々大変、日本とは全然違う状況。
で、ルイ・アームストロングも子供の時に、銃を発砲して、少年院に入れられてそこでトランペットに出会うんですよね。
だから、そういうことをニューオーリンズの人達は、アメリカの人達も思い出してもらって、銃を楽器に変えようよっていうのが趣旨だったのね。
それでもう16年やっているんですけれど、そういうのだんだんね、向こうにも浸透してきて、日本からそういうことをやっていってるからね、だから今向こうでもそういう団体ができてきているんですよ、影響受けてね。」
田「じゃあ是非タンス楽器をお持ちの方は外山さんまでご連絡を一報いただければと。」
善「そうなんですよ、黒人の子供達が吹いてくれますからね。」
田「まだまだお話伺いたいんですけれども、もうなんだかお時間があっという間にきてしまって。
最後に、外山さん、お二方からみなさまにメッセージを一言ずつお願いしたいんですが。まずはでは、喜雄さんからお願いできますか。」
善「ええ。やっぱりね、イクスピアリって雰囲気がね、素晴らしい。ディズニーリゾートの雰囲気。そこで是非、私達の楽しいジャズ、一緒にねお客さんも参加していただくような、子供さんに指揮してもらったりね、そういうのもありますから、是非いらしてください。」
田「体で感じられるライブを。じゃあ恵子さんもお願いします。」
恵「本当にイクスピアリで演奏していると、皆様の顔が本当に楽しい顔をしていらして、私達も本当に、皆様からも楽しさをいただいて演奏しています。是非、私達の演奏を聞きに来てください。」
田「はい、どうもありがとうございます。なんかお二人とお話して、私もちょっとなんかハッピーな気分に、今日はさせていただくことができました。ありがとうございます。
今日は、ゲストにジャズバンドのHappy Dixie Sixから外山喜雄さん恵子さんご夫妻をお迎えして、お話を伺いました。どうもありがとうございます。」
善・恵「どうもありがとうございます。」
熊でも分かるディズニープーまとめ 2
プー新作について「35年ぶり」という表現が多く使われています。
35年前への回帰を打ち出した新作、ではこの35年以上前には何があったのでしょう、何に回帰するのでしょう。
そしてここ35年で何が変わったのでしょうか。
前回の表の主要作品リストを中心に、ディズニープーの歴史を辿っていきます。
今回は、60,70’s、80,90’s、00’sの3時代に分けてみました。
1926、28年にA.A.ミルンが出版した原作「クマのプーさん」「プー横丁に建った家」。
そこで完結したプー、その後ミルンはプー作品を避けようとしながら1956年に74歳で生涯を閉じます。
それから10年後の1966年、ディズニーによってプーが動き出しました。
事を辿れば1962年、ウォルトはプーの版権を獲得しました。ミルンは既に亡くなっていましたから、妻のミルンからです。
当時、プーはイギリスでは大人気を博していましたが、アメリカでの知名度はいまいちでした。
プーが人気キャラクターになると確信していたウォルトは、アメリカでの認知度を上げる為に、長編で公開するのではなく、中編を3本順次公開してからそれをまとめて長編にするという方法に決定しました。
一方で、「我々が手を加えることは何も無い」と原作の良さをとにかく生かす方針を打ち出していました。
こうして1966年2/4「プーさんとはちみつ」が公開されますが、ウォルトはその10ヵ月後に亡くなります。
このこともあり残り2作の製作には時間がかかり、10年以上を要しましたが、1977年”最終章”を加え、遂に「くまのプーさん/完全保存版」として長編映画、ディズニー・クラシックス第22作目として公開されました。
これが35年前に起きたこと。ウォルトの意志が反映されたディズニープーの時代でした。
時代は変わり1980年代。
プーは既にウォルトの予想をも上回る大人気キャラクターになっていました。
そんな中で、プーの新しい作品を作らないのはもったいないという声があがってきます。
そして”完結”したはずのプーが復活するのです。
1983年スペシャルシリーズ短編「プーさんとイーヨーのいち日」公開。
これが完全保存版以降初のプー作品、つまりウォルトの関わらない初のプー作品となったのです。
それによりかなりの批判がありましたが、同年からテレビシリーズもスタート。
「Welcome to Pooh Corner」着ぐるみ実写で、子供向け教育ものです。
プーさんとイーヨーの一日に批判をするのが馬鹿らしくなるようなものです。
そして88年~テレビシリーズ「新くまのプーさん」、このシリーズでプー復活は決定的になります。
着実に、順番に”完結”後の復活の道を辿ったプーは遂に長編に帰ってきます。
97年「くまのプーさん/クリストファー・ロビンを探せ!」20年ぶりの長編として宣伝されます。今回の35年ぶりと同じような宣伝です。
この作品で、完全保存版最終章から話を繋げ、ディズニーでの100エーカーの森の歴史が確立されたのです。
“完結”後、短編、テレビ、長編と復活してきたプーは、2000年、遂に劇場に帰ってきたのです。
映画「ティガームービー/プーさんの贈りもの」、この時代プーはミッキーを凌ぐほどの世界的大ブーム。
そのタイミングで登場した劇場版。この作品からスピンオフを導入。
また、01~02年にはプレイハウスディズニーで「ザ・ブック・オブ・プー」
その後も「くまのプーさん/完全保存版Ⅱ ピグレット・ムービー」「くまのプーさん/ルーの楽しい春の日」と毎年長編が作られていきました。
翌年、「くまのプーさん ザ・ムービー/はじめまして、ランピー!」、スピンオフ方式もほぼ出尽くした形となり、新しいキャラクターを作ることになったのです。
こうしてズオウのランピーが登場。その年ハロウィン作品「くまのプーさん/ランピーとぶるぶるオバケ」も製作され、ランピーの人気を更に高めようとします。
2007年~現在、プレイハウスディズニーでミッキーマウス・クラブハウスと並ぶ代表格となるCGシリーズ「プーさんといっしょ」が登場します。
新キャラクターも多数、さらにクリストファー・ロビンではない人間の女の子ダービーも登場します。
この10年間で、プーは長編作品でもプレイハウスディズニーでも定番になりました。
一方で後半5年間は新キャラクターの登場,CG化と、ウォルト時代から大きく変わってきました。
そして2011年、ウォルト死後の二時代を越えた35年ぶりの作品、手書きタッチの2D、ティガームービーで確立された原作キャラクターで、プー2度目のディズニークラシックス作品が公開されます。
パスポート料金の推移と割合
パスポート値上げが発表されました。開始は来年4/23~
ところでアトラクション券が廃止され、完全パスポート制になったのは2001年4月。ちょうど10年です。
そこで、10年間のパスポート(大人料金)の推移をまとめてみました。
1) 2001年4/1~2006年8/31
2) 2006年9/1~2011年4/22
3) 2011年4/23~
5000円を越えないギリギリとなったスターライトは割安になる結果に。
今回はおよそ7%程度の値上げとなっている中、単パスだけが2倍と突出して高いです。
ちなみに年パスを365日で割ると共通219円/日、単パス142円/日。
ワンデー換算で共通13回、単パス9回で元が取れます。
