*

「 日別アーカイブ:2020年12月10日 」 一覧

ゲボイデ=ボイデ第10話「バンジージャンプ・メソッド(アリアドネの糸)」

辰砂暦39426年

ファイアボールシリーズが完結しました。

辰砂暦は第9話と同じ。
最終話だけ2分40秒と、他より10秒長いです。
最後にはNIPPONGRAM LABELのクレジットが登場。
非常にトロンっぽく、荒川監督のトロン好きから考えるに、荒川監督チームが今後WDJと連携してレーベルを運営していくということでしょうか?

エンドクレジットでは、アリアドネはaka Scarlet Headed Drossel。
ドロッセルの頭部パーツが違っただけでした。
そして、ゲボイデ=ボイデはKing of Ruins、瓦礫の王でした。
瓦礫の中、9話に想像でアリアドネとのやり取りを繰り広げていたゲボイデ=ボイデ。
毎話オープニングがゲボイデ=ボイデの目の中に入っていたのはそういうことでした。
つまり、ゲボイデ=ボイデの中に落ちていき、それがアリアドネの糸、バンジージャンプ・メソッドにより引き戻されたのが最終話です。

ゲボイデ=ボイデがいたのは人類との戦争により崩壊してしまった世界でしょう。
ゲボイデ=ボイデは、そこで想像に囚われることを選択してしました。
アリアドネの糸により、ゲボイデ=ボイデは救われました。

ゲボイデ=ボイデは「争うことのない、ただひたすらにユーモラスな世界」を想像していました。
しかし、アリアドネは想像とそれ以外とで何が違うのかと問いかけます。
『ゲボイデ=ボイデ』でも恐怖や思いを具現化していましたし、『ユーモラス』には「信じる心を物理的な強度に変換するマシン」が出てきました。
想像は決して虚構ではないのです。

オーディオ・オモシロニクスでも「空想するハイペリオンは何度でも夢を見る」と歌われていました。
無印最終話のタイトルは「夢の生まれる場所」でした。
ドロッセルの住む星に来た賢者たちは夢と同じ成分で作られていました。

イモニトロンナイトで荒川監督はこう言っています。
「ファイアボールをひとことで表現すれば、優しい王様や良い魔法使いがいなくなった未来のプリンセス・ストーリー。希望あふれる王国というのは、かつて確実にそこに存在していて、僕たちはそれを取り戻さなくてはならない。」
『ファイアボール』とは、真にディズニーらしい希望あふれる王国を取り戻そうとするプリンセス・ストーリーです。
そして、希望あふれる王国とは、想像の産物です。

古の開拓者たちは、恐怖に対して「オモシロニクス・プロトコル」を用意しました。
「オモシロニクス・プロトコル」は、オーディオ・オモシロニクスのトラック名。
アカヒトニスがタイムワープの方法、つまり世界にはいくつもの次元が存在し、心が複数の次元に同時に存在することを利用する方法を説明するエピソードです。

信じる心を持って想像すれば、世界はいくらでも作り出すことができます。
恐怖からお屋敷に囚われたゲボイデ=ボイデに対し、『チャーミング』の最後、ドロッセルは「次はきっとうまくいくわ」と、“つよくてニューゲーム”を選択しました。
例えゲデヒトニスのことを忘れてしまっても、ドロッセル自身が世界の歴史なのだから心配することなんてなかったのです。
歴史は繰り返すのではなく韻を踏むだけなのだから。
想像によって希望あふれる王国が生み出され、我々はいくつもの次元の中から希望あふれる王国を選択すれば良いのです。

『ファイアボール』は2期以降、前日譚となるため、ハッピーエンドにならないことが分かっている物語でした。
それに対して『ワンダーの方へ』は希望のある終わりを見せてくれました。
そして『ゲボイデ=ボイデ』は『ワンダーの方へ』に物語を受け渡し、希望を見せてくれました。
ファイアボールの新作がもう見られないとしても、そこに残ったのは悲しい感情ではなく、これでした。
ワクワクするわね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ad