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 - 駄話  - by poohya

2010年代のディズニー・プリンセス像 「Find Your Happily Ever After」から「Life After Happily Ever After」へ

『白雪姫』から描かれ続けてきたディズニー・プリンセスの物語。
ディズニーはどういうプリンセス像を描いているのか、このサイトでは主に「ちいさなプリンセス ソフィア」と「悪魔バスター★スター・バタフライ」で何度も話題にしてきました。
2010年代のプリンセス像は『モアナ』で一旦の完成を見せ、さらにソフィアとスタバが追加した姿を『アナ雪2』が示しています。
2020年代の物語が始まる前に、プリンセス史を振り返りながら、現在のプリンセスの到達地をみていきたいと思います。
前半はさらっと振り返りますが後半(特にソフィアとスタバ)が長いです。

各章の頭にその章が扱う作品を列挙しています。
その作品についてはネタバレを含みます。

<目次>
1. 初期のディズニー・プリンセス
2. 行動するプリンセス
3. 「プリンセスとは」を問う時代
4. 価値観のアップデート
5. Find Your Happily Ever After
6. ディズニー・チャンネルのプリンセス
7. 長編で「Life After Happily Ever After」を描く

1. 初期のディズニー・プリンセス

白雪姫(1937年)
シンデレラ(1950年)
眠れる森の美女(1959年)

ウォルト時代のアニメーション作品でプリンセスものは3作品です。
どれもディズニーを代表する作品として今でも扱われており、「ディズニーのプリンセスは待っているだけ」と揶揄されるときはこの時代の物語がイメージされているのでしょう。
むしろ結婚観が当時の古いものでも、アニメーションや音楽は現代でも観られるものになっているのがおそろしいです。
その価値観をアップデートするため、現代になり実写版が制作されていくことになります。

2. 行動するプリンセス

リトル・マーメイド(1989年)
美女と野獣(1991年)
アラジン(1992年)

『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』が立て続けに大ヒットし、ディズニーアニメーションは復活を遂げます。
『眠れる森の美女』までとの大きな違いは、プリンセスが自ら行動することにあります。
王子に一目惚れしたアリエルが海と陸の境を越えていくことが象徴的です。
もう一つの変化は、タイトルを見ると分かります。
『リトル・マーメイド』まで、プリンセスの名前や象徴する単語がタイトルになっていますが、『美女と野獣』から相手の「野獣」が名前に加わります。
これまで、平民からプリンセスになったのはシンデレラだけでした。
ところがベルは、家柄もなければプリンセスへの憧れもなく、相手が王子だったから結果的にプリンセスになっただけです。
ベルは非常に行動的な女性ですが、作中で成長するのは野獣がメインです。
そして、ジャスミンは最初から最後までプリンセス。
初めて嫁がないプリンセスです。
タイトルもプリンセス側の名前が外れ『アラジン』。
どぶネズミ扱いのアラジンが王子になる、プリンスストーリーです。
ジャスミンはプリンセスである窮屈さを描いており、プリンセスという立場になることは素晴らしいという価値観を初めて崩しています。

さらに『ポカホンタス』『ムーラン』と、プリンセスとは関係ないヒロインが描かれていきます。
しかしディズニーは彼女たちも「ディズニープリンセス」として括ることになっていきます。

3. 「プリンセスとは」を問う時代

魔法にかけられて(2007年)
プリンセスと魔法のキス(2009年)
塔の上のラプンツェル(2010年)
アナと雪の女王(2013年)

『魔法にかけられて』で伝統的なアニメーションへの回帰路線を打ち出したディズニー。
ジゼルは冒頭で古典的なプリンセスとして2Dアニメーションで描いています。
様々なセルフパロディが込められていますが、立ち位置としては初期の「待っているだけ」が意識されています。
そのアンチテーゼのようにジゼルとナンシーは、「待っているだけ」で出会う相手ではない人を選びます。
過去のディズニー自身へのセルフパロディでありアンチテーゼとなった作品が第3次黄金期前夜に登場したのは象徴的です。

『プリンセスと魔法のキス』では「真実の愛」の定義が問われます。
こちらも典型的なプリンセスであるシャーロットではなく平民のティアナが王子と結婚します。
ティアナは平民からプリンセスになってめでたしめでたしではなく、実際はナヴィーンが平民に降りたような暮らしになります。

ラプンツェルは自らの夢のために行動し、相手も泥棒のフリン。
終盤まで自分がプリンセスであることを知りません。
王子も王女も登場しないストーリーで、平民とプリンセスの対比が出せない中、ラプンツェルはプリンセスらしい人物だと行動で観客に示されていきます。
行動する力、周りを巻き込む力、夢見る力、それらを突き動かすポジティブさをラプンツェル自身の振る舞いで見せて、終盤でそれがプリンセスだと回収しています。

『アナと雪の女王』はアナとエルサのダブルヒロインですが、エルサはレリゴーする人みたいなポジションで、魔法を制御する術を身につけるだけという画期的な結末。
ストーリーを進めているのはアナで、幼い頃から城に閉じ込められ、典型的なプリンセスストーリーを夢見るアナが、それっぽい王子と出会うも、本当の相手は平民のクリストフだと気付く物語です。
アナは近年のプリンセスの姿を詰め込んだような物語を歩みます。
そこに「真実の愛」の相手が恋の相手とは限らず姉妹(家族)だという話が組み合わさっています。
ハッピーエンドですが、エルサこれでハッピーエンドなの?感は残ります。
アナ雪のすごいところは、大ヒットしたおかげで続きの短編が作られ、これの出来が良いおかげでハッピーエンドだったんだ感が強まったところにもあります。

4. 価値観のアップデート

シンデレラ(2015年)
美女と野獣(2017年)
アラジン(2019年)
(実写版)

ディズニーアニメーションが第3次黄金期とも呼ばれる時代になろうとしている頃、ディズニーでは実写映画を推し進めようとしていました。
『アリス・イン・ワンダーランド』『マレフィセント』と、古典作品を新たな視点で描こうとしますが、いまいち当たりません。
そんな中、アニメーションと大筋のストーリーを変えずに実写化してしまったのが『シンデレラ』でした。
作風や設定を大きく改変するのではなく、デザインもストーリーもアニメーションと似たようでいながら価値観を現代にアップデートしたことが画期的でした。
「待っているだけ」と揶揄される時代のプリンセスストーリーを、逆境でも「プリンセスらしさ」を失わない強い女性が行動に合った立場を獲得する物語に描きなおしたのです。
この成功を受け、ディズニーの実写化プロジェクトは路線が固まり、ついにミュージカルアニメーションをそのまま実写化することになります。

超期待プロジェクトと化した『美女と野獣』。
実写になることでカートゥーンチックなシーンを省き、個々のキャラクターを深く描いています。
ベルは行動的で頭の良い女性で、プリンセス像があまり古くないため、ベルが自ら選択し行動するシーンをさらっと加えるだけで、見た目はアニメーションほぼそのままで作り上げています。

一方『アラジン』はアラジンとジャスミン、そしてジーニー3人を通して自由と力を対比しているため、ジャスミンの物語としては弱いものがあります。
実写版ではジャスミンの物語を重点的に補強することで、1人の女性としての現代性を獲得させています。

『ムーラン』も無理やりプリンセスに押し込まれるヒロインとなっており、公開前ですが実写版ではシャン隊長を出さないなど、プリンセスではないヒロイン像を描こうとしています。

5. Find Your Happily Ever After

モアナと伝説の海(2016年)
Happily Ever After(2017年)

モアナは村長の娘で、立場上はプリンセスに当たります。
しかし島を統治する立場ながら、海に選ばれた者として自分の心は広い海を向いています。
このまま島にいては島が廃れてしまうが、海に出るのは危険。
島と海の間で葛藤するモアナですが、家系と海から選ばれた者という、どちらも与えられた立場でしかありません。
マウイとの冒険を通して、モアナは本当の自分の心を知り、新たな時代の村長となる行動を取っていきます。
自分の心を知りそれに従い行動する姿は、これまでのディズニープリンセスが描いてきた姿の集大成のようであり、それが愛と関係する必要がないことを示しました。

モアナが提示した姿は立場上のプリンセスか否かによりません。
ここでディズニーは「Dream Big Princess」というキャンペーンを打ち出します。
「全ての夢見る女の子はプリンセスになれる」というものです。
王家の生まれでなくても、王子と結婚しなくても、全ての夢見る女の子はプリンセスになれるのです。
シンデレラのように王子様と出会って結婚してプリンセスになりたいではなく、シンデレラのような勇気と優しさを持ったプリンセスになりたいという、立場としてのプリンセスではなく人格としてのプリンセスに憧れることになります。
ところで、これは女の子に限った話なのでしょうか?
「プリンセスらしさ」が自分の心に従うことになった今、それは老若男女誰もができることです。

その頃、ウォルト・ディズニー・ワールドではプロジェクションマッピング「Happily Ever After」がスタート。
数々のディズニーの物語が映し出され、「Find Your Happily Ever After」と歌われます。
つまり、これまでのディズニーストーリーのように、あなた自身の物語を見つけようということです。
自分の心に従って、自分の物語を見つけること、そこはプリンセス像が拡張された先の、男女の境がないディズニーストーリーになっていきます。

6. ディズニー・チャンネルのプリンセス

ちいさなプリンセス ソフィア(2012年〜2018年)
悪魔バスター★スター・バタフライ(2015年〜2019年)

『塔の上のラプンツェル』と『ラプンツェルのウェディング』の間を描くアニメーション「ラプンツェル・ザ・シリーズ」では、第1話で「Life After Happily Ever After」という歌が登場します。
「Find Your Happily Ever After」で自分の物語を見つけることで現代のプリンセス像の集大成が見えたような中、そのHappily Ever Afterの後の物語を描こうという動きが出てきます。

「ちいさなプリンセス ソフィア」は、村娘だった女の子ソフィアが母親の再婚で突然プリンセスになり、プリンセス学校で学びながら自分らしいプリンセス「ソフィア1世」(Sofia the First)を目指していくディズニー・チャンネルのアニメーションシリーズ。
ソフィアが突然プリンセスになるのは第1話の冒頭のことです。
古いプリンセス観ではここでめでたしめでたしとなってしまいます。
しかしソフィアは立場上のプリンセスではなく、「プリンセスらしさ」を身につけ、自分らしいプリンセス像を獲得しようとしていきます。
ソフィアの目玉として、ソフィアが窮地に陥ると魔法でシンデレラたち歴代プリンセスが現れソフィアにアドバイスしてくれることがあります。
「Happily Ever After」のように、過去のプリンセスストーリーを参考にしながら、自分だけのプリンセス像を求めていきます。
ソフィアは友情や正直さなどプリンセスらしさを学びながら、「ひみつのとしょしつ」編では物語の守り人として未完の物語に結末を与える役割を始めます。
そんなソフィアは人気を受けて同世界観の作品「アバローのプリンセス エレナ」が制作されることになります。
ソフィアとエレナのクロスオーバーエピソード「エレナとアバローの秘密」は、エレナのオリジンを描く一方、ソフィアにとっても非常に重要なエピソードとなっています。
「ひみつのとしょしつ」で、エレナというプリンセスが魔女との戦いでペンダントに閉じ込められてしまったことを知ったソフィア。
エレナを解放して彼女の物語を与えるため、ソフィアが冒険に出かけるエピソード。
ソフィアから見る「アバローのプリンセス エレナ/エレナとアバローの秘密」|舞浜横丁
ここでソフィアは、空飛ぶ生き物に乗ったり、人魚になって泳いだり、舞踏会でダンスしたり、これまでのエピソードでチャレンジしてきたことを活かしてエレナを救い出します。
これはソフィアにとってプリンセスになるための最終試験であり、これ以降歴代プリンセスが登場することはなくなります。
代わりに、他の知らないプリンセスがピンチになるとソフィアが呼び出されてアドバイスを与えるエピソードが出てきます。
つまり、ソフィアは名実ともにプリンセスになれたのです。
ソフィアが映画ならここで終わりでしょう。
しかしTVシリーズであるソフィアの物語はここでは終わりません。
「ひみつのとしょしつ」編に代わり、「しんぴのしま」編が始まり、ソフィアは魔法の守護者としての活動を始めます。
最終話のラストでソフィアは一人前の守護者となります。
姉のアンバーが次の女王、兄のジェームズは騎士、ソフィアは守護者になることを選びます。
そして最後にソフィアはアンバーに対して「アンバー1世だね」と言います。
「ソフィア1世」を目指したソフィアの物語が、ソフィア自身はドレスではなく守護者の服を着てアンバーに「アンバー1世」の名前をあげて終わります。
プリンセスとして自分のHappily Ever Afterを見つけたソフィアでしたが、彼女のLife After Happily Ever Afterはプリンセスではなく守護者だったのです。
そしてこの最終話のタイトルは「Forever Royal」。
ソフィアは最終話で「プリンセスらしさ」ではなく「ロイヤルさ」と呼んで国を守る行動を取ります。
男の子であるジェームズも含めて、ソフィアたちが選ぶ道は「ロイヤルさ」のある道なのです。
プリンセスは「ロイヤル」に変わる。ソフィア最終話が見せた新境地|舞浜横丁

「悪魔バスター★スター・バタフライ」もディズニー・チャンネルのアニメーションシリーズで、魔法の国ミューニのプリンセスであるスター・バタフライの物語です。
作者が日本好きでセーラームーンの影響を強く受けています。
スターはプリンセスとして魔法のステッキを貰いますが、おてんばで魔法を正しく扱えるようではありません。そこで地球にホームステイさせられます。スターは地球でステッキを狙う悪と戦いながら、特におてんばが直る気配もなくわいわい楽しむ物語です。
でした。
シーズン1はわいわいするだけでしたが、シーズン2からプリンセスとして魔法の練習も始めることになります。
シーズン2の最後でミューニに危機が迫り、スターは急きょミューニに戻ることに。
そこで自分の心と向き合い、大きな魔法を会得したスターは敵を倒します。
これがスターが名実ともにプリンセスになれた瞬間です。
しかしスターも「Life After Happily Ever After」が描かれていきます。
いがみ合っていた人類と怪物の融和を図るなど、自分らしいプリンセス像を進めるスター。
そこに更なる敵が現れますが、なんと彼女こそ本当のプリンセスの血を継ぐもので、スターの家系は途中で取り替えられていたものだと判明します。
さらに女王が行方不明となり、女王代理になったスターは、シーズン3の最後で自ら王位を手放し、本当の女王である相手に託します。
プリンセスらしい行動を取ると立場上のプリンセスを失う、プリンセスのパラドックス状態を発生させた物語。
ここでスターは立場を捨て、自分の心に従う行動としてのプリンセスらしさを取ったのです。
スター・バタフライが見せるこれからのプリンセスの姿|舞浜横丁
最終シーズンであるシーズン4では自分らしい行動を取り続けるスターにさらに敵が現れ、ついにスターは魔法自体を消すことを決意します。
スターは「魔法の国のプリンセス」だったのに、魔法もプリンセスも失ってしまうのです。
さらに愛すらも失う覚悟でスターは自分の心に従った行動を取ります。
立場上のプリンセスらしさより、行動のプリンセスらしさの方が大切なのです。
スターが最初からプリンセスでなければこんな辛い決断をせずに済んだのではと思うほど観ていて辛いシーンでした。
ちなみにスタバでは、男の子がプリンセスになることを当然のこととして描き、プリンセスにおける男女の壁を取り払っています。

TVシリーズは長く続く物語のため、一旦プリンセスストーリーとして完成したような物語のその後まで描かれます。
現代のプリンセスTVシリーズが示したのは、立場上のプリンセスがもはや必要ないということでした。
そして、最後に辿り着くのは最初に目指した場所と異なるかもしれないのです。

7. 長編で「Life After Happily Ever After」を描く

アベンジャーズ/エンドゲーム(2019年)
シュガー・ラッシュ:オンライン(2018年)
トイ・ストーリー4(2019年)
アナと雪の女王2(2019年)

終わりに見えた物語にシリーズによって更なる結末を与えられるのは映画でも起きることです。
マーベル・シネマティック・ユニバースは20作品を超える映画で構成されることで、10年という長い軸で物語が描けます。
単独映画で自分のヒーロー像を見つけたキャラクターが、アベンジャーズシリーズでさらに自分を見つけていくのです。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』では、初期メンバーにそれぞれ単独映画からさらに踏み込んだ結末が与えられます。
最も分かりやすいのがソーでしょう。
アスガルドの王子として生まれ、やがて王になるプリンスストーリーです。
しかしソーは『エンドゲーム』の戦いを通してヴァルキリーに王位を渡して自身は宇宙の旅に出ることを決めます。
トニーもスティーブもブルースも、思っていたヒーロー像と逆の人生を選択します。
自分の心に従って進んでいけば、目指してきた場所と最後に辿り着く場所が異なることがあるのです。
ディズニー・チャンネルのプリンセスとアベンジャーズのヒーローが同じ結末を辿るのは、プリンセスとヒーローの物語に垣根が無いことを象徴しているようです。

『モアナと伝説の海』以降、ディズニーとピクサーでは続編が連発されます。
一旦話が綺麗に閉じた後さらに続編が作られることで「Life After Happily Ever After」が描かれることになります。
『シュガー・ラッシュ:オンライン』では、ヴァネロペが自分の心に従い行動しました。
『トイ・ストーリー4』では、ウッディが自分の心に従いました。
ここで問題になったのが、自分の心に従うなら何を選択しても良いのかということです。
映画ではやはり時間が少なく、続編で前作と違った道を選択すると、前作で観客が気に入っていた結末を否定しかねません。
自分の心に従った道に進むためには、過去や自分の立場をといったこれまでの積み重ねと向き合うことが必要になります。
この向き合いが足りないと、自分の心に従うことが単なるワガママになってしまいます。
それを受け入れる観客と向き合いが足りないと感じる観客で賛否両論が起きてしまいます。

前作と違った道を選択する作品が続く2019年の最後を飾ったのが『アナと雪の女王2』でした。
アナ雪の強みは、前作があまりに大ヒットしたため、全員が観ている前提で話を進められることです。
さらに前作のハッピーエンドはアナのハッピーエンドでごまかしていたため、続編でもエルサの物語はスムーズに進めやすくなっています。
エルサの物語がしっかり完成された一方、前作でなんとなくハッピーエンドを掴んでいたアナの物語が複雑になります。
アナは典型的なヒロインで、とにかく明るくポジティブ。
前作で真実の愛を知り、ついにプロポーズ目前です。
そんなアナが2では怒りの感情を覚え、オラフまで失います。
オラフが消えるということはエルサが死んだことを悟ったアナは孤独を感じますが、ここで歌うのが「The Next Right Thing」です。
アナの人生における全てを失った中で、残された唯一の存在である自分自身と向き合い、自分の心に従って一歩ずつやるべきことをやることを決意する歌。
ここで彼女はアレンデールの女王としての自覚を持ちます。
それが自分が追い求めてきた道と違う方向だとしても、自分の足でその道を歩む決心をして行動します。
この覚悟があったからこそアナはエルサと分かれて暮らし女王になる結末を選択できたのでしょう。

2010年代の前半が「Find Your Happily Ever After」なら、後半は「Life After Happily Ever After」を描いてきた時代でしょう。
そのためには完成された映画に続編を与えることは必要な動きになります。
そして2010年代の最後に『アナと雪の女王2』で「Life After Happily Ever After」を描ききったと思います。
TVシリーズは最先端の価値観を描きやすいですが、これをディズニー長編アニメーションとして残していくことはまた重要なことでしょう。
85年にわたり紡がれてきた「プリンセス像」は、もはや「プリンセス」と呼ぶことがおかしくなってきました。
その未来はどんな物語になっていくのでしょうか。

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