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『プーと大人になった僕』と『メリー・ポピンズ リターンズ』が非常に近い作品である理由

『プーと大人になった僕』と『メリー・ポピンズ リターンズ』、2018年8月と12月(全米公開)という近いタイミングで登場した2つの映画は非常に似た物語です。
ディズニーが様々な作品を実写化している中、『くまのプーさん』と『メリー・ポピンズ』を描きなおすのではなく“その後”を描いた作品。
そもそも『くまのプーさん』と『メリー・ポピンズ』はどちらも1966年と64年、ウォルト晩年に公開され、どちらも英国児童文学が原作。
ウォルトの娘ダイアンの愛読書だったことがきっかけで映画化に至ったとされており、作曲はシャーマン兄弟…
などと非常に近いつながりがあります。
参考:『ウォルト・ディズニーの約束』 「かわいそうなA.A.ミルン」の意味と真実|舞浜横丁

近い背景を持った映画の“その後”を描く2作品はどちらもロンドンが舞台です。
クリストファー/マイケルは大人になり、子供ができるも、不景気のため仕事に追われています。
彼の子供は必要以上に大人びて、童心を忘れてしまっています。
そこに突然プー/メリーが現れます。
子供はプー/メリーと遊ぶことで、子供らしさを取り戻していきます。
クリストファー/マイケルもまた、プー/メリーと遊んだ子供時代を思い出し、ハッピーエンドを迎えます。

なぜほぼ同じ構成で同時期に2つの映画が公開されたのでしょうか。
その共通点を探れば、2つの映画が伝えたことがわかるのではないか、というわけでプー側から共通点を探ってみます。

英国児童文学の黄金期

英国児童文学は「不思議の国のアリス」「ピーター・パン」などの名作が並んでいますが、ほぼ同時期に発表されています。

ヴィクトリア女王が即位した1837年から第1次世界大戦が勃発した1914年の間に、今日児童文学の名作と言われているほとんど全ての作品が出揃っている。(中略)
このころ、ヨーロッパやアメリカでも子供のための名作(中略)が生まれているが、イギリスに比肩する児童文学の黄金時代を迎えた国はない。
−ジャッキー・ヴォルシュレガー, 「不思議の国をつくる―キャロル、リア、バリー、グレアム、ミルンの作品と生涯」, 河出書房新社, 1997, pp.24(以降引用部は同著同頁)

「クマのプーさん」の発表は1926年。
第一次世界大戦後の作品ながら、プーは英国児童文学黄金期の最後の作品と評されています。

「クマのプーさん」の著者はA.A.ミルン。
彼の息子クリストファー・ミルンを主人公クリストファー・ロビンのモデルとしています。
少年クリストファー・ロビンが100エーカーの森でぬいぐるみたちとちいさな冒険が繰り広げらる物語ですが、そこにはA.A.ミルンの少年時代の思い出が色濃く反映されていると言われています。
つまり、戦後に育ったクリストファーではなく、戦前に育ったA.A.ミルンの思い出が詰まっていることにより、戦前の児童文学の空気を取り込んだ作品になっているのです。

クリストファーは後に「彼は50歳であることから逃れるためにぼくが必要だった」と語っています。
これは、「ピーター・パン」の作者J.M.バリーが大人になることから逃げるためなネバーランドを創った構図と重なります。
「不思議の国のアリス」が子供の世界を讃え、「ピーター・パン」が永遠の子供時代を宣言する一方、「クマのプーさん」は子供時代への逃避が見えてきます。
プーが他の作品と大きく異なるのは、現在(出版時)を讃えるのではなく、自分が子供だった時代を讃えている点です。

登場人物たちに共通する上層中流階級特有の優越感は、ヴィクトリア朝とエドワード朝の児童文学作家たちが、いかに同時代の社会構造に安住していたかを示唆する。その背景にあるのは、国中にみなぎる自信と、現状が永続するという前提と、子供を当然のごとく理想像にまつりあげる未来への信頼である。こうして児童文学の黄金時代に最適の風土が整えられたのである。

世界の中心であったイギリスが、大戦を経て中心が離れていく時代。
ミルンは大戦前の子供時代を100エーカーの森に投影し「クマのプーさん」の世界を作り上げました。
そしてこのことが、プーが子供だけでなく大人にも広く読まれた理由のひとつです。

プー僕とメリー・ポピンズ リターンズの共通点

『メリー・ポピンズ リターンズ』の舞台は1935年頃。
戦間期、大恐慌時代のロンドンで、マイケルは子供時代(戦前1910年)を思い出します。
まさに「クマのプーさん」と同じ構図です。

そして、『プーと大人になった僕』の舞台は1950年頃。
オープニングでしっかり描かれている通り、クリストファーは第2次世界大戦に従軍。
戦後のロンドンで、自身の子供時代を思い出すことで幸せをつかみます。
WW1を経て大人になったA.A.ミルンが子供時代を懐古した「クマのプーさん」に対し、『プーと大人になった僕』ではWW2を経て大人になったクリストファーが子供時代を懐古。
「クマのプーさん」の構図の再生産を行なっているのが『プーと大人になった僕』です。

ヴィクトリア時代への郷愁

戦後のクリストファーが懐かしんだ子供時代は戦間期ですが、彼の子供時代は戦前の黄金期を懐かしんで作られたものです。
それを象徴するシーンがプー僕の中にあります。
娘のマデリンを寝かしつけるシーン。
プーたちと遊んだ絵を見せられたクリストファーはそれを忘れたと言います。続いて本を読んでほしいと頼まれると、マデリンが持つ「宝島」ではなく小難しい本を読みます。
ここで読まれた部分は以下の通り。
「ヴィクトリア時代は産業革命が頂点に達したことも相まって、大英帝国の全盛期とみなされている。ヴィクトリア王朝の前はジョージ王朝、後にエドワード王朝が続く…」
クリストファーはヴィクトリア時代というイギリス黄金期を夢見て、辛い現代から逃避します。
しかし、マデリンが示した100エーカーの森と「宝島」もまたヴィクトリア時代を体現する作品です。

大人になったクリストファーが過去をいくら懐かしんでもその時代は帰ってきません。
しかし、少年時代の心は大人になっても取り戻すことができます。
前述の引用部の通り、英国児童文学を生み出したのは、ヴィクトリア時代の経済的な豊かさではなく、心理的な豊かさでした。
主人公は大人になり、世界の中心がイギリスから離れていく中、プーとメリー・ポピンズという昔から変わらない存在としてやってきます。
ヴィクトリア時代が輝かしかったのは国が大きかったからではなく、誰もが夢を持っていたからです。
黄金期のロンドンで生まれ育った子供の童心の象徴がプーとメリー・ポピンズであり、いつの時代も普遍な大切なものです。
大人になっても、戦争があっても、社会が変わっても、童心は変わらず本当に大切なものであり続けることを示します。

普遍的な大切なものの象徴

この物語がなぜ今立て続けに作られたのか。
『くまのプーさん』『メリー・ポピンズ』とは、ウォルト時代に公開された“ディズニーらしさ”を代表する存在です。
『プーと大人になった僕』と『メリー・ポピンズ リターンズ』は、単に過去の映画をリメイクするのではなく、あの頃の“ディズニーらしさ”を現代に蘇らせる作品です。
世界がさらに変容し、アメリカが世界の中心ではなくなっていく時代に、本当に大切なものは力を求め争うのではなく夢見る心であることを教えてくれます。

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