- 駄話 - by poohya
『ウォルト・ディズニーの約束』 「かわいそうなA.A.ミルン」の意味と真実
映画『ウォルト・ディズニーの約束』(原題:Saving Mr.Banks)を観ていて、あるシーンがプー好きとして引っかかったのでその部分を取り上げたいと思います。
以下、映画のネタバレを含みますのでご注意ください。
ちなみに映画自体の感想はこちら。
ネタバレ感想:『ウォルト・ディズニーの約束』(Saving Mr.Banks)を観た | 舞浜横丁
トラヴァース夫人がホテルの部屋に入ると、ディズニーキャラクターのぬいぐるみで溢れていた。というシーン、ここでトラヴァース夫人は「かわいそうなA.A.ミルン」(Poor A.A.Milne)と言いながらプーのぬいぐるみをどけます。
このシーンの意味を説明したいと思います。
また、僕はこのシーンを観て大変がっかりしました。その理由についても説明します。
まず、A.A.ミルンとは誰か。
アラン・アレキサンダー・ミルン(1882-1956)は『クマのプーさん』原作者です。
『メアリー・ポピンズ』原作者パメラ・トラヴァース(1899-1996)同様、英国の児童文学作家として知られています。
『メリー・ポピンズ』と『くまのプーさん』の2作は、どちらもウォルトの娘ダイアンの愛読書から映画化が決まったこと、原作が英国児童文学、曲の担当がシャーマン兄弟、と密接な関係にある作品です。
プーは「ディズニー化」された際、原作ファンからの大バッシングを受けました。
実は最初に公開された『プーさんとはちみつ』にはピグレットが登場していないため、ピグレットがアメリカ地リスのゴーファーに替えられた、
ラビットがバックスバニーのようなカートゥーン化されてしまった、クリストファー・ロビンがアメリカ訛りの英語をしゃべる
などの部分が当時主に批判の対象となりました。
これを踏まえて、メリー・ポピンズの「ディズニー化」を絶対に認めたくないトラヴァース夫人は、「ディズニー化」の犠牲者の代表格としてくまのプーさんそしてA.A.ミルンを扱ったのです。
これでSaving Mr.Banks物語上での「かわいそうなA.A.ミルン」の意味は分かりましたでしょうか。
それでは、これがどうしてがっかりしたシーンだったかについてです。
『メリー・ポピンズ』の映画化は本編でも触れられている通り1964年。
一方のくまのプーさん映画化(『プーさんとはちみつ』)は1966年。ウォルト死の直前です。
つまり、時系列としてプーよりもメリー・ポピンズの方が古い作品ということになります。
歴史的には、『ふしぎの国のアリス』など原作を「ディズニー化」したことで原作ファンから脅迫まで受け制作もあまり進まない作品が続き、うんざりしてオリジナル脚本にしたのが『わんわん物語』。それでも映画化を諦めなかったのが『メリー・ポピンズ』です。
まだ公開されていないどころか、プーが黄色に赤いシャツということすら決まっていない段階で、ミッキーやメインキャラクターと肩を並べて鎮座していることなどあり得ないことです。
先に触れた通りプーも原作がある以上、映画化の際にミルンから版権を取得する必要があり、こちらの交渉もすぐに決まったわけではありませんでした。
ミルンにとってプーとは自分と息子の人生を奪った作品とも言え、再び世界に公開するなど論外でした(この背景もまた一つの映画にできるほど複雑なものです)。
しかしミルンは1956年に亡くなり、ディズニーはプーに対して好意的な姿勢を続けていたミルンの妻ダフネから版権を得ます。
これが1961年のことでした。
ちょうどトラヴァース夫人がカリフォルニアに乗り込んだその年です。
ウォルトは将来におけるプーの人気を確信し、原作を最大限に尊重する形で制作を指示します。
しかしプーは米国での知名度が低く、そのまま公開してもヒットせずに終わるだろうと考えました。そこで、長編を3分割しそれぞれ短編として公開、後に長編として再構築する、という方式をとりました。
そしてプーの面白さはアメリカ人にとってあまり理解できないものでした。
そんなプー制作スタッフたちにプーの魅力を説いたのが、メリー・ポピンズ制作のために集まったイギリス人スタッフだったのです。
トラヴァース夫人がメリー・ポピンズの版権を認めず、映画化が中止となれば、プーは現在のような映画にはならなかったでしょう。
制作意識の低さからプー映画化もキャンセルになっていた可能性も十分にあります。
つまり、Saving Mr.Milneを行ったのは、メリー・ポピンズです。
このような考えから、僕は「かわいそうなA.A.ミルン」のシーンに大変がっかりしました。
ウォルト・ディズニーによって創り上げられた数々の作品はそれぞれが歴史の中で繋がって生まれています。
その流れを見ていくとウォルトがダイアンとした約束の重さが分かってくると思います。
ウォルト・ディズニーの約束―ダイアン・ディズニーに捧げる