*

 - 駄話  - by poohya

庭園学から見るディズニーランド -ウォルトはクイーン・オブ・ハートか

日本にディズニーランドがやってきて30年が経ちました。
ウォルト・ディズニーが創り出した「夢と魔法の王国」は、故郷のアメリカを離れ東京,パリ,香港そして上海へと広がっています。
各リゾートにはディズニーランドすなわちマジックキングダム・パークがそれぞれ一つ存在し、その他にスタジオや海をテーマにしたパークなどが用意されています。
しかしウォルトの創った「夢と魔法の王国」の本質はディズニーランドにあります。

東京ディズニーランドが30周年を迎え新たに始まったデイ・パレード「ハピネス・イズ・ヒア」はディズニーの世界がぎゅっと詰まったパレードとなっています。そのパレードにディズニーの定番キャラクターとして大きなインパクトと共に登場するのが、アリスそしてクイーン・オブ・ハートです。

『不思議の国のアリス』冒頭ではアリスの住むイギリスの庭園風景が広がっています。
このような、「イギリス風景式庭園」に対して、不思議の国では自然の様子が変わります。
特にクイーン・オブ・ハートの庭は綺麗に切られた木が並ぶ「フランス式整形庭園」が見られます。
アリスの住む世界が自然そのものを表現した庭園であるのに対し、クイーン・オブ・ハートの世界は自然の本質、すなわち幾何学模様を表現した庭園です。
では、ディズニーランドはアリスの世界とクイーン・オブ・ハートの世界、どちらに属しているのでしょうか。
イギリス式庭園とフランス式庭園の違い、つまりフランス式庭園からイギリス式庭園が誕生する歴史を見ることで答えが見えてきます。

西洋人にとって庭園とは地上の楽園であり、キリスト教ではこれがエデンの園に繋がります。
エデンの園では、アダムとイヴが自然を耕し、守っていました。神の指示でエデンの園を支配していたのが人類の祖先です。
エデンの園を追放された後は、顔に汗を流して野の草を食べざるを得なくなりました。
たくさんの作物を効率的に栽培することは、よりエデンの園に近づくということになります。
この世界にエデンの園を再現することとは、囲われた空間で自然を支配し、不自由なく幸せな生活をおくれることです。
これが西洋における庭園、地上の楽園の捉え方となります。
ディズニーランドにこの庭園思想が当てはまることは「地球上で一番幸せな場所」ということからも明らかです。

不思議の国のアリスでは、白いバラをペンキで赤く塗り替えるシーンがあります。ここでは実際の自然物を人工的に理想のも姿に変えてしまう、クイーン・オブ・ハートの世界が描かれています。
このシーンは東京ディズニーランドのクイーン・オブ・ハートのバンケットホールでも再現されていますが、そのバラが咲く木自体もハートの形に切り込まれています。このトピアリーこそ、ディズニーランドに最もよく現れている自然の形です。
『ディズニーランドという聖地』が指摘している通り、トピアリーはキャラクターや幾何学模様に木が切り込まれ、その集大成がメインエントランスでゲストを出迎えるミッキー花壇となっています。
オレンジ畑を切り開いた土地に作られた楽園、東京では海を埋め立てて作られた楽園、それは以前の自然を越える理想の世界にするための人工物が広がっています。

ウォルトはこのような世界を地上の楽園として考え、ディズニーランドとして世に送り出しました。そんな中、ウォルト・ディズニー・ワールドではこの精神を様々な面で解釈できるような施設が広がっています。
EPCOTはウォルトが生前夢見た実験的未来都市が姿を変えた施設ですが、ここで行われているのは、まさに白いバラを赤く塗り替えるような研究です。
それとは逆にディズニー・アニマル・キングダムは自然保護を掲げて、自然との調和を見せてくれます。このパークのシンボルは人工の木ですが、パーク各所の自然施設ではイギリス的な自然の本質を人が作り出そうという姿が垣間見えます。

イギリス庭園では、「ハーハー」と呼ばれる技法があります。これは、「隠し塀」とも呼ばれる、地中に掘られた溝であり、これによって庭園はさらに開かれることになりました。
この「ハーハー」と同じ技法が使われているのが、「キリマンジャロ・サファリ」です。
「キリマンジャロ・サファリ」では、違う種類の動物の間に溝を作り、ゲストからは動物間の柵が見えないようになっています。
一方ディズニーランドでは、オーディオアニマトロニクスによって求める動きを完璧に演じることができる動物を生み出しました。
ウォルトが求めた完璧なショーは、徹底的に管理され、もはや自然ではなくなった人工の自然によって可能になるものでした。

地上の楽園を求めた人々は故郷を理想風景に変えたいと願い、冒険の旅に出ました。歴史や田舎を眺め、外国世界に憧れを抱き、それを自分のものにし、宇宙や未来に向かって進みました。
理想を実現させるためには、自然の本質を読み取ればいいのか、自然を徹底的に管理すればいいのか、その答えがディズニーランドでは提示されています。

本物を超える偽物を追求したウォルトとクイーン・オブ・ハート、だからこそ彼らにとっての楽園は不思議の国となり、「夢と魔法の王国」と成り得たのでしょう。

 

 

日本では自然の本質を表現するために自然に手を加えるのではなく、自然の持っている美しさを活かそうという考え方が古くから存在します。
この国にディズニーランドがやってきて30年、今や日本の歳時記イベントの先導役ともなりつつある東京ディズニーリゾートは、ディズニーランド思想をどこまで日本に伝えたのでしょうか。
日本人にとっての楽園は変わっていくのでしょうか。それとも既に変わったのでしょうか。
東京ディズニーリゾートは日本人にとって真の楽園なのでしょうか。日本の感覚がディズニー精神になっていくのか、はたまた日本人の感性がディズニーパークさえも変えていくのか。
これから先の30年もディズニーランドは進化を続けることでしょう。これまでの30年間、これからの30年間の東京ディズニーランドに思いを馳せながらハピネスが詰まったアニバーサリーを祝いたいと思います。

参考文献
ディズニーランドという聖地(能登路 雅子)岩波新書
イギリス庭園の文化史―夢の楽園と癒しの庭園(中川理)大修館書店
イギリス風景式庭園の美学 <開かれた庭>のパラドックス(安西真一)東京大学出版会

  • Post
  • このエントリーをはてなブックマークに追加