長崎・出島、扇形に完全復元…2050年目標 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
長崎市の出島の復元計画を検討している市出島史跡整備審議会は13日、計画の見直し案をまとめ、田上富久市長に報告書を提出した。
2050年を目標に、かつて水に囲まれた扇形の島を完全復元するよう提言している。
出島復元計画についての提言、完全復元を目指すものに。
出島はその名の通り島。
元々は海に突き出た人工島だったが、その後の長崎港埋め立て事業により陸続きとなった。
リドアイルで考えるとミッキー広場からガリオン船横まで埋め立てたようなものだ。ぎりぎりファンタズミックできないことはない。
かなり大規模に埋め立てているので想像がつかないが、浜の町はもともと浜辺、中華街は中国人居留地(オランダは出島で中国はこちら)だった。
だから大水害が起こるような土地になってる。さんずいが付く地名は危ないって言うよね。ex浦安
そんなわけで普通の街に突然現れる現在の出島跡地。
出島を囲んでいた海4辺のうち、2辺は川として残っている。
扇形で見たときに左と下の辺。リドアイルの運河部分だけ残っている感じ。
それを4辺とも水で囲んでしまおうという提言だ。
ここで大きな壁になるのが、記事にもある”周辺の国道や路面電車の軌道”。
なんと出島だった部分の上を国道が通っているのだ。しかも電車通り。
出島の水門(右の辺)から国道を見ると、出島だった部分だけ道の色が変わっていることが分かる。
完全復元にはこの国道を動かさなければならない。
というわけで、この計画は誰もが妄想するも到底できそうな気がしない壮大な計画になっている。
2050年までに…無理だろうな。
そんな悲観的な観測ですが、現実的な復元計画はいいところに来ています。
現在出島の出入り口は水門と左上部分。
本来の入り口はもちろん陸との橋がある下の辺中央。
その陸側の土地がついに長崎市のものとなった。
これで橋を建設することができ、一気にそれらしい形になる。
ここをメインの出入り口にし、陸側に関連施設を作れば、出島跡地が一気に整備される。
何故か。
長期で見ると現在の出島復元は第2期の終わり。
第1期での出島跡地は左半分のみで、出島模型やオランダ商館施設などで構成されてた。
出島を紹介する資料館的な役割の施設となっている。
第2期は出島部分をしっかりと囲み、右側のカピタン(商館長)部屋、水門など主要施設を復元。
元々の出島の姿を再現している。
つまり、今の左部分の資料館を陸に移し、橋から出島に入るように変えれば、左部分の復元が可能になる。
一気に出島本来の姿を取り戻せることになる。
国道移転のような難しい計画よりも、こっちをしっかりやってほしい。
と、自由研究知識で書いてみた。