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「 Pooh90 」 一覧

プー原作90周年記念新作「クマのプー 世界一のクマのお話」講評

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クマのプー 世界一のクマのお話

プー原作出版90周年を記念した絵本「The Best Bear in All the World」が発売されました。
日本語版も意外に早く発売。
邦題が謎ですが、発売に際して配信されたリリースを読んでも「1926年に小説『クマのプー』を上梓した」となっており、なぜ「さん」を付けていないのか謎は深まるばかり。
もう不安しかない状態でしたが、とにかく英語版も日本語版も読んでみました。

いろいろ書いていますが、総評としては「原作入門にも薦められる一冊」です。

原作新作は(本来)2作目

A.A.ミルンによる「クマのプーさん」「プー横丁にたった家」でプーの物語は完結。
その後、2009年にこの続編「Retrun to the Hundred Acre Wood」(プーさんの森にかえる)が発売されました。
そして2016年にさらなる続編が発売。
とはいえ、今回の「世界一のクマのお話」は「Retrun to the Hundred Acre Wood」を踏まえていません。
挿絵画家は共通なのですが、ストーリーは「Retrun to the Hundred Acre Wood」を完全無視しています。
「Retrun to the Hundred Acre Wood」は対ディズニーを意識しすぎて本来のプーらしさまで失われてしまった感がありましたが、「世界一のクマのお話」はディズニーに寄ることを多少は許容することで、プーの原作らしさを90年たった今に蘇らせています。

良い意味で「普通」

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今作は4人の作家が春夏秋冬それぞれの物語を書いた4章編成。
原作や「Retrun to the Hundred Acre Wood」の10章編成は無視していますが、100エーカーの森を四季で描くのはとても良い試みでしょう。
あとがきにもありますが、それぞれの方がミルンへのリスペクトに溢れており、あくまでミルンの作風を守り抜くことを重視して書かれています。
100エーカーの森のいつもの展開に、詩集からインスピレーションを受けた要素を加えたものが基本となっています。
その結果どのお話も似通ったものに。
クリストファー・ロビンの伝達ミス→プーが混乱→コブタがゾゾ連想して恐れる→フクロに相談→みんなで混乱→クリストファー・ロビンが戻ってちゃんと説明→一件落着
といういつもの流れが繰り返されます。
しかし、今作はそれぞれの季節をキーワードにしているため、話がダブることはなく、慣れ親しんだ100エーカーの森の世界の物語をまた楽しめるという「プー原作新作」に求められる要素をしっかり満たしています。

新キャラクター「ペンギン」

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そんな中異彩を放つ、最大の注目ポイントとなっているのが新キャラクターのペンギン。
どうなることかと思っていたら、担当はブライアン・シブリー。
「クマのプーさんの世界」「クマのプーさんスケッチブック」の著者、筋金入りのプー研究家でした。
原作の100エーカーの森に知らない動物(クリストファー・ロビンは知っているらしいし定住するわけでもないらしい)が来たときのみんなのリアクションとして正しい内容でしょう。
ものすごい違和感がやってきているのに、話に違和感がない。
しっかり世界観を考察したうえでペンギンの性格や登場方法を作り出した、見事な運び方だと思います。
プーがぬいぐるみ遊びから生まれた物語とするならば、ペンギンの存在は、友達がペンギンのぬいぐるみを持って遊びに来て1日だけプーたちの遊びに加わったような感覚です。

イーヨーの扱いが難しい

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ティガーの立場が急上昇するなど、原作とディズニー版ではキャラクターの性格が異なります。
原作のティガーはほどんどカンガに育てられており、かなり幼稚。ここはディズニーとの差が極端すぎて描きやすいのですが、問題はイーヨーです。
A.A.ミルンの性格のせいもあり、100エーカーの森には自称博識が多すぎます。
フクロはもちろんのこと、ウサギも知識自慢。さらにイーヨーも自称物知り。
カンガも常識があり、そして自分で意識することはありませんが、ピグレットもけっこう教養があります。
プーとトラー、ルーの何も考えていないメンバーを除くと全員が(自称)知識人で、そのせいで混乱に拍車がかかります。
ディズニー版だけを見ていると、特にイーヨーのイメージに乖離が起きやすく難しいところ。
秋の章、春の章ではそんなイーヨーが重要なキャラクターとなっています。
そこイーヨーを使うという難しいところに挑む必要あったのかな?とは思います。
秋の章のイーヨーの使い方はそれらしいですが、春の章はイーヨーでこの話を作ることに違和感を覚えました。

日本語訳もまあ良い

今作の訳者は森絵都さん。「1968年、 東京都生まれ。 1990年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。 2006年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。 『カラフル』『いつかパラソルの下で』『DIVE!!』『みかづき』など著書多数。」とのこと。
石井桃子訳のエッセンスはある程度生かせています。
ティガーやオウル、ラビットという名前になってしまっていますが、ディズニーがここまで浸透した現代では仕方ないのかもしれません。
なら「ヒファランプ」じゃなくて「ヘファランプ」と訳すべきだけれど。
プーたちの喋り方もちゃんと原作らしさが出ています。
章タイトルは英語では「In Which」から始まるのがルール。
石井桃子訳では基本的に「~するお話」で、一部「~します」と訳されます。
今作はすべて「~します」と訳されており及第点。
「プーさんの森にかえる」のこだまともこ訳があまりに酷すぎたこともありますが、「世界一のクマのお話」はまあ良い訳でしょう。

総評:原作入門としても薦められる一冊

気になったポイントを挙げてきましたが、全体としてはかなり良い内容だったと思います。
今作は現代の人気作家がプーの世界にリスペクトを払って書いたということで、時代を反映して若干ディズニーに寄っており、原作初心者でも入りやすい内容になっているのではないかと思います。
ディズニー側と原作側、両方が一緒になって祝う90周年。いよいよ迎える100周年に向けて、プーの世界全体が多くの人に親しまれるようになっていくことに期待したいです。

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プー原作90周年、英博物館で企画展開催決定

Winnie the Pooh celebrates 90 years with philosophical talks around UK | Books | Entertainment | Daily Express

プーの故郷イギリスでは、「クマのプーさん」発売90周年で盛り上がっています。
イギリスでは45%の親がプーを通じて教育を行い、13%の子どもが最初に読んだ本がプーだったなど、イギリス人とプーの密接な関係が示される研究結果が出ています。
また、好きなプーの名言アンケートも行われ、様々な記事でプーがいかに親しまれているかが述べられています。

そんな中、ディズニーがキャンペーンを発表。
「‘Thotful Spot’ bench」というベンチを作り、イギリスやヨーロッパを回るそうです。
ベンチには、赤い風船と(ディズニー版)プーが座っており、プーとお話できるような姿勢になっています。

そして、ロンドンのV&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)では企画展の開催が決定。
「Winnie-the-Pooh: Exploring A Classic」と題し、2017年12月16日~2018年4月8日まで開催されます。
プーのスケッチをはじめ、手紙や写真を通じ、ミルンとシェパードの関係性、プーが生まれた背景に迫る内容が予定されています。

10年前の80周年はディズニープー40周年でもあり、折り返しという意味合いも込めてディズニーを中心に大々的に祝われました。
それに対して90周年は、もう一度プーの世界と向き合い、100周年への準備をしていく印象。
いよいよやってくる、クリストファー・ロビンが100歳になるときに向け、プーの世界が再び注目されています。

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プー原作発売90周年、安達まみが記念寄稿

「クマのプーさん」が発売されて今日で90年。
90周年は「Years of Friendship」というキャンペーンがディズニーにより展開されています。
日本でもブランドとのコラボを中心に様々なキャンペーンが発表されています。

そんな中、「有鄰」546号に安達まみさんが記念稿を寄せています。
『くまのプーさん』生誕90周年に寄せて/安達まみ|情報紙「有鄰」546号 | 出版物 | 有隣堂 – Part 2

導入は、記念絵本にちなみ、エリザベス女王とプーの関係。
参考:「クマのプーさん」エリザベス女王90歳記念絵本をディズニーが公開|舞浜横丁

E・H・シェパードの挿絵の雰囲気を伝えるマーク・バージェスの挿絵を眺めていると、90年を超えてよみがえる懐かしさと軽いめまいに似た、ふしぎな感覚にとらわれる。いったいプーがエリザベス女王の世界にやってきたのか、それとも女王がプーの世界にやってきたのか?

記念稿のテーマが早速出てきています。
「プーがエリザベス女王の世界にやってきたのか、それとも女王がプーの世界にやってきたのか?」
プーがもたらす「ふしぎな感覚」の核心は、この次元のあいまいさにあることが語られます。

ところで、プーとはなにものなのか。複数の次元において曖昧である。なんといってもくまなのに、本物ではない。ぬいぐるみである。
(中略)
生身のクリストファーとぬいぐるみの動物たちが、なかば現実の森でくりひろげる屈託のない遊びの世界とみえて、じつはそうともかぎらない。ほのぼのとした印象に包まれて、さまざまな次元がゆるやかにオーバーラップする物語なのだ。

プーの「ふしぎな世界」を表す言葉として、「さまざまな次元がゆるやかにオーバーラップする物語」と表現しています。
ハロッズで買われたぬいぐるみとしてのプー、クリストファー・ミルンが遊んだプー、ミルンが接したプー、クリストファー・ロビンがロンドンで遊ぶプー、100エーカーの森で遊ぶプー、シェパードが描くプー
どれも異なる次元に存在するプーですが、「クマのプーさん」の世界にはそのどれもが含まれています。
このようにさまざまな次元が“ゆるやかに”オーバーラップする物語が、「ふしぎな感覚」を生み出しているのです。

その後の文章では、プーが生まれる背景についてわかりやすく綴られています。
プー原作背景の世界は、「プー横丁にたった家」以降、プーの人気につきまとわれ悩むミルン親子の物語になっていきます。
参考:クマのプーさん原作沼へようこそ(colos EXPO 2016 LT&展示)|舞浜横丁
ミルンが生んだプーの世界と、その大きな代償を背負ったミルンの人生。
プー人気の秘密、プーの名言といった万人向けの軽い考察ではなく、プーを深く研究しているからこそ出てくる、90周年への想いが見えてきます。
最後に、ミルン晩年のコメントを載せながら、こう結んでいます。

いささか自虐的な物言いながら、最晩年に作家ミルンはみずから構築したプーの世界を受け入れ、そこに憩いをみいだした。プー生誕90周年の今年、ミルン没後60周年を偲びたい。

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